下野市/下野国薬師寺

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復元回廊・・回廊の北西角部分
【下野市】
栃木県下野市は、2006年に河内郡南河内町と下都賀郡国分寺町、同石橋町の合併により新設されました。旧国分寺町及び旧南河内町には、巨大古墳・国府・日本三戒檀薬師寺など長い歴史の中で培われた文化財が多く残されています。また古くより交通の要衝でもあったこの地域に1972年自治医科大学が設置され、地域医療においても先鞭となる街となりました。

【下野国薬師寺の創建】
下野国薬師寺の創建は、7世紀末天武朝の頃と推測されています。8世紀後半には戒檀が設置され、奈良の東大寺、大宰府の筑紫観音寺と並び三戒檀の一つとして東国における仏教文化の中心として栄えたとされています。
以下、暫く下野薬師寺の歩みを背景に郷土史探訪にのぞみたいと思います。

【戒檀】
戒檀とは仏教僧に戒を授ける式場のことをいいます。インドでは釈尊の在世時代に祇園精舎に造られたといわれ、中国では250年頃に洛陽に建立されたのが始りで、律宗を盛んにした道宣のときに流行しました。
仏教が日本に伝わり、国家としての仏教が進展したものの、僧侶としての戒律があいまいであったため、私度僧(勝手に僧を称する者)が急増するといった問題が表面化します。そこで鑑真和上を唐より招来し戒檀を成立せしめ、受戒の作法が確定しました。戒檀が置かれた寺は、中央では総国分寺である東大寺、西海道では「縁の朝廷」大宰府に伴う筑紫観世音寺であり、東国では定額寺相当である下野薬師寺でありました。

次回につづきます。

参考 旧南河内町教育委員会「ビジュアル下野薬師寺」・旧国分寺町「図説国分寺町の歴史」

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